空を見上げてごらん、そこにいるのは満天さん。
お~や、あれに見えるは、、、
~ 見栄っ張り ~
「満天さん、ごめん。」
『ああ』
「あの頃は生活が乱れ、言い訳だな、健康管理を怠っていた。なんとなく疲れる、胸がざわざわ、頭はズキズキ、もやもや、夜中に幾度となく目が覚める。そろそろ歳だ、一度ぐらい健康診断を受けてみるか、予約するのも面倒だ、それがやばかった。
そもそも病院ってところは何とも居心地が悪い。待合室は地元の老人達の集会場と化し、近所の噂話が充満している。長い時間待たされて、それこそ健康な人間が”待合室病”になっちまう。
自分が受診!ああ、とんでもない。病院なんて億劫だ。この不精な性格、浅はかな考え、しかし、とうとう受診、“ 血圧高いですね、薬出しておきますよ ” まあ、そんなところかと思い、薬も飲んだり飲まなかったりと、それだけで何となくやり過ごしていた。」
『うむ』
「大学時代はバイトやレスリングに明け暮れ充実した生活、楽しすぎて単位を一つ落として1年留年。親父にどうするかと聞かれ、自分でバイトするから一年だけ行かせてくれと言ったら、結局、学費を出してくれた。バイト先で知りえた伝手もあり就活も苦労することなく卒業後はある企業に就職、自立し順風満帆!
40も迎えようとする頃、特に何かあった訳でもなく、深い意味もなく、あっさりと退職。強いて言えば、 ”そろそろ人生を変えてみよう” などと能天気な浅はかな考え。不思議に両親からも何か問い正されることもなかった。親父から「もったいないな」と言われただけで。
実家に戻って地元の会社で10年ほど働いた。生まれ育った地元に馴染めず、実家が妙に居心地悪く感じていた。親父が「家に息子が戻ってきた」と近所に話していた。どんな気持ちで話していたかは分からない。何かバツの悪い気持ちが後を絶たず会社に出勤するのも近所の目を盗むようにコソコソと出勤したものだった。」
『ふん』
「親父は厳格なサラリーマン、お袋は昔ながらの女で、親父や自分達の世話に明け暮れていた。
親父は見栄っ張りで外見を気にする人だった。世間体をとても気にしていた。近所に役所の世話を受けている人物がいたが、親父はいつも「毎日プラプラと朝から出かけてパチンコか酒を食らってはふざけた奴だ。」とぼろくそに悪口を言っていた。そんな親父を見ていると自分は転職したことを遠回しに責められている気がしていた。
地元に戻ってきた時、本当はしばらく仕事もしないでプラプラしたかったが考え直し、すぐに仕事に就いた。自分も親父の子、世間体を気にして見栄っ張りな性格もあるからな。地元の会社に就職が決まった時は、何だか残念に思いつつも、まあ体裁も取れたかとホッとした。」
『ほっほっ!』
「そんな親父も定年退職後の深酒が祟り、入退院を繰り返した。お袋も同じ頃から体調を崩し、あっという間に部屋を四つん這いで這うようになり、会話もチンプンカンプン。お袋と会話が出来ない、その時はお袋に随分と歯がゆい思いをさせたかと思って心苦しくなった。食事や水を飲むことさえも難しくなり介護も大変になった。頑固な親父と出来の悪い息子に対する初めての抵抗かとも思えた。あんなに体裁を気にしていた親父は、最後まで酒を手放せず、お袋が亡くなると恥ずかしい話だが、さらに酷くなった。酒を片手にスーパーに酒を買いに行くやら、小便を漏らしていることも気づかず外を徘徊したり。なんてみっともないんだと怒鳴りつけたい気持ちにもなったが、自分も親父の血を引いているものだ。見栄っ張りで体裁を気にして、親父を責めることもなく、怒鳴ることもなく、良き息子を演じた。」
『ほう!』
「そんな中、異変が起きた。介護疲れか。やばいな、ぐったりだ。仕事も休みがちとなった。しかし、理解のある会社もあるもんだ。介護休暇も使い、社長はなんていい人なんだ!と思うほど良くしてくれた。職場の皆からも“病院行きなよ” と言われた。
よし!今回はもう少し大きいな病院で検査しよう!地元の脳神経外科を受診した。進歩だ、この不精な自分が!病院なんて!本当に億劫な自分が!
先生の一言、“ああ、脳梗塞ありますね” 。待合室の事をよく覚えていないが、やっぱり病院は面倒臭いな、病名なんかあるものか、もうどうでもいいか。入院も処方箋もなく、次回の予約も取らず帰宅した。
自分は本当に浅はかだ、見栄っ張りだ。仕事を辞めてよかったのに。病院にこれ以上行くつもりもないくせに、辞めたら病院に行けないじゃないか、保健証はどうするんだ、近所からなんて思われるんだ。
あぁ、体は正直だ。倒れて病院に運ばれた。
見栄を張らず、面倒臭がらず、素直に生きてこれたなら、ごめんな。」
~満天さんのつぶやき~
「その体、貸しているだけだからね。
いずれは、そこから出ていくの。
取扱説明書、この世に誕生する前に読んだよねぇ~。」