満天さんの談話室
空を見上げてごらん、そこにいるのは満天さん。
今日は天からの祝福を受けた幸せな方がいらしたようです。
~ 糸の緩し ~
「やあ!」
『やあ!』
「今日は、天赦日、最強な日!」
『神様の祝福日! 天上はお祭り、輝かしい!』
「あぁ、目に浮かぶようだな!素晴らしい光景が!」
『君も!さあ、祝福!愛に調和に!富に繁栄!弥栄!』
「僕の祝福を伝えたい。」
『ああ!』
「もう何年も経つ。家の神棚もそのまま祀りっぱなしで、手も合わせる暇もなく、神社に行くことだって遠ざけていた。日常の生活に追われ、心の中では神を求めていた、“これを終えたら手を合わせよう”、“一区切りついたら神社に行こう”と、いつの間にか後回しにしていた。
日に日に疲れが溜まり気持ちと体がバラバラになっていく、そんな生活が何年も続き、僕は自分の気持ちを無視してきた。そのうち、遠い昔のあの頃の虚無感がまた僕を襲いだした。」
『ふん』
「僕はね、幼い頃から悲惨な光景ばかり見てきた。親や親族の醜い争い、暴言暴力。“もう、やめてくれ!” 叫びたい、でも言えない。それが僕さ。親は離婚して、僕は親戚中たらい回し。記憶も飛んでいた、思い出したくない記憶もあるだろうから、僕は僕をそっとしておいた。幼い時の僕はどうやって生き延びようとしていたのだろうか。
日々が暴力の対象、薄汚れた生活、逃れられなかった。
ある日、いつかな、従兄に虐待された。
ある晩、従兄が家に来た。何しに来たか、弾みで僕にそうしたのか、それともはじめからそのつもりだったのか。二間の団地さ、しばらくして母が隣の部屋で寝静まり、何が何だか分からなかった、母に気づかれないように声も出せなかった。どうして気づかれないようにしていたんだろう。
泣いた、泣いた、泣いた、声も出さずに思いっきり。今なら!大声で叫ぶさ!やめてくれ!と。母は気づいていたのか、もしくは見て見ぬふりか。
そのうち母の友人の息子が家に遊びに来るようになったさ、何をするために、それは僕を虐待する為に、母がいる時は僕をドライブに誘う、母はどうして僕を行かせたのか、まだ子供の僕が連れ出されることを不自然に思わなかった。母が家にいない時は、我が物顔で、僕を虫けらのように扱った。あの時も誰にも言えず、僕はへらへらしていた。僕の事なんて、どうせ信じてもらえない、分かってもらえない、僕が悪いと言われる。僕の心は破綻していった。僕の体から魂が欠けた。
ある晩、見てしまった。母は隣の部屋で自分の下半身をじっと見ていた、何かしていた。母はその後、隣の部屋にいた僕に、こう言ったんだ。「弟の学校で虱が出た」母は僕に下半身を見せろと言った。僕は無言で家を出た。恐ろしかった。母が!虱!僕のせいにされる、殴られ、蹴られ、罵倒される。もしくは、あの男達から受けた屈辱を母からもされるのではないか。とにかく恐ろしかった。逃げ出したかった。
家を出た後は働いた、がむしゃらに。何でもした、とにかくできる事は、この身体も使ったさ、今まで虐待されて育ったからね。
僕の心は毎日、毎晩、蝕まれていった。僕は生きている限り、母との暮らしに戻りたくなかったし、母の人生を僕に重ねたくない、その思いだけで生き抜いてきた。」
『ふぅ~』
「ある夏、山頂のレストランで働いた。ある日の早朝、オーナーに連れられて、その山の神社に向かった。
肌に緊張が走り続けた、空気はひんやりとしていた。僕の心はしだいに緊張から空白に、そして静寂の中にいた。
ご神体を目前として、一滴のしずくが頬を伝ったと感じた途端に涙が溢れ出た。そこは何もない透明の世界だった。匂いもなく、空気のすれ違う音さえなかった。すべてが抜け消えた。
赦された、全てが、僕の体が緩んだ。」
『許す!』
「僕の人生はその夏から大きく変わった、オーナーの配慮で僕はそのホテルで数年働いた。オーナーの口利きで都心のホテルに転職も出来た。全てが整いだした。女性と恋に落ちた。僕の人生で考えられない事だ。十分に幸せを受け取った。
それと同時に怒涛の忙しさもやってきた。日常の生活に追われ、しだいに僕は神から遠ざかっていた。
ある日、親族の集まりがあり僕は出かけた。母と再会した。母と会う覚悟はしていた。母は僕が思っていた以上に若くきれいで幸せな人生を送っているようだった。まるで別人だった。
僕の耳が心臓の鼓動が激しく波打ち、全身が震えている、僕の人生を破壊した人間が目の前にいる。まるで何事もなかったかのように!
僕は平静を装い、礼儀正しく接した。」
『許す!』
「僕は一人泣いた。あの夏の日のように。
そして、この山に戻った。
再び、僕の体が緩みだした。」
~満天さんのつぶやき~
『人はね、記憶にないほどの遠い遠い過去から紡がれて来たんだよ。
君の知らない君の過去。
記憶にさえない過去の糸を緩ませ、ほどき、許してごらん。
その瞬間、全てが赦される。
神が祝福される。』