~叶わぬ帰郷~

空を見上げてごらん、そこにいるのは満天さん。

そこにいるのは誰かな、扉を開けて入っておいで。

~ 叶わぬ帰郷 ~

「お邪魔してもいいですか。」

『ああ、よく来たね。』

 

「ええ、もういい時期かなと思い、私も先に進まないと。」

『ああ』

 

「この数年、ひっそりと身を隠すように生きてきました。

 田舎を出てから20年以上。両親も他界し、兄弟姉妹もいません。実家はボロボロで老朽危険家屋に指定されて、市から補助金が出るから撤去する事を勧められました。

 弁護士に相談しました。

 私は大学進学で実家を出ました。母は私が大学を卒業したと同時に他界しました。あっという間の出来事でした。父も母を追うようにその3年後には亡くなりました。

葬儀後、数か月の間、私は休みの日を利用して実家の片づけをしていました。

半年も過ぎようとしていた頃でしょうか、父の書斎の片づけに取り掛かりました。扉のついた書棚に少し大きめのクッキー缶がありました。何気もなく缶の蓋を開けると、そこには借金の明細が入っていました。ずい分前に完済した借金の記録もありました。そして、よくよく見るとまだ返済中の借金もあったのです。結構な金額、引き落とし通帳、印鑑がきちんとセットされ、入っていました。

母が亡くなった時に、父が「自分に何かあったら困るから」と、私に通帳や保険などの書類を決まった場所に保管してくれていたので、お陰で父が亡くなった時は、さほど困ることもなくスムーズにいろいろな手続きが出来て、私は有難いと思っていました。ですので、このクッキー缶には驚きました。とにかく何とかしなければと思い、すぐに通帳の確認をしました。幾らかまとまったお金が入っていたようで、先月までの金額は引き落としされていました。とにかく、この連休明けにローン会社に問い合わせをしなければと思いました。」

『ふん』

 

「休憩時間に、ローン会社に問い合わせすると女性の若い声で、このまま支払いする義務があると言われ、残金の支払い方など、どうするかと問いただされ、私は即答せず、少し考えたいと伝え電話を切りました。

 大学の奨学金は父の残してくれた保険金などで完済出来たので、私にはもう借金はありません。どうしたらいいのか悩んでいるうちに、今月の引き落とし日が近づき、私はその通帳に入金をしました。このまま父親の名義のままでいいのかしらと疑問を持ちつつ。

数年この生活が続きました。私は自分が住むマンションの家賃を抑えるために郊外に越しました。通勤時間は少し厳しくなりましたが、父の借金も残金2百万を切り見通しが立ちました。私の気持ちも「あと、ちょっと」と思っていた矢先、私は倒れてしまったんです。

数日、入院しました。医師より、過労、少しは休みも取るように言われました。残業や休日出勤で頑張ってきたのに、周囲からも「働きすぎ」と言われても笑顔で跳ねのけてきたのに、これからの支払いが不安になりました。その週は休み、翌週から仕事に行きました。上司からは「残業、休日出勤ダメだよ、就業時間数超えている分、ここで調整してね。」と言われてしまいました。

父のその通帳に徐々に入金できなくなり、直ぐに催促状が届きました。そして数か月後、ローン会社の弁護士から連絡が来ました。

私の頭の中で「もう限界、疲れたわ、このままいくと本当に倒れてしまうかも」とグルグルと嫌な事ばかり考えてしまいます。私が死んでしまったらどうなるのだろうか、ローン会社に実家を取られるなんてまっぴらごめんだわ、正常な思考はありませんでした。

 残金は残り少しなのに。」

『うむ』

「私は実家に帰ることを口実に会社を退職する事にしました。少しですが退職金も出ました。部屋を片付け、売れるものは売り、残りはすべて処分しました。私宛の郵便物などありません。僅かばかりの実家の固定資産税が年に一度、届くぐらいです。保険を解約し、カードなども全て解約しました。全て整理しました。引っ越し当日、私の荷物はリュックサック1つだけになりました。」

『んん』

「そこから私は誰でもない人になったんです。誰も私を探しませんし、私が誰か詮索もしません。探すとしたら父がお金を借りたローン会社の人だけですから。

 そして十数年、この生活にも限界が来ました。私はまた倒れてしまい救急車で運ばれまし

た。退院後、住所不定、日雇い派遣の私が辿り着いた先は、生活保護の人たちが住む共同住

宅でした。

 私はまたローン会社から追われる羽目になりましたが、もう逃げる事はやめました。担当職員の方が無料弁護相談を紹介してくれました。父の借金、実家の処分など相談したところ、光が見え始めました。この生活から抜け出る事が出来そうです。」

 

 

~満天さんのつぶやき~

「 誰かに相談するって

勇気がいるよね。

相談する相手が本当に正しいかって

不安になるよね。

秩序と調和で保たれて、

愛と平和が見える場所。

相談してごらん。」


人生変更

空を見上げてごらん、そこにいるのは満天さん。

扉の向こうにいる方は、、、どなた?

~ 人生変更 ~

「生き方を変えてみようかな。」

『ああ』

 

「今までは与えられた人生、悲しいけどすべてを自分の中に閉じ込めて、ただただ生活のためだけの人生。」

『うむ』

 

「高校を卒業後、僕は自衛隊に入隊した。同級生たちと同じように就職や進学も考えたが、でも僕の選択肢は限られていた。

 自衛隊は意外にも僕にあっていた。心地良かった。一日の時間は秒刻みで規則正しく動いていた。秩序があり、それに従っていれば良かった。やるべきことをしていれば誰かに何か言われることはない。

 僕は几帳面な性格、迷彩服や軍服などのアイロンや靴磨き、心地良い出来栄え、寮生活は不自由もない、栄養管理も充分な食事、便利な生活。日用雑貨も自分が使用する物だけ補充しておくだけで充分だった。

 休みもあり外出や外泊は許可が必要だが自由だった。僕には家族も友達と呼べるほどの親しい人もいないから、休みの日はプラプラと散歩や買い出し程度で済ませていた。残留といって、戦争や災害などの緊急事態が起きた時の為に、先遣隊要員として一定数の隊員を基地、駐屯地に残しておく制度があったが、意外とこれが程よい緊張と同時に静かな休日代わりにもなり、僕にはこの上ない時間だった。」

『ふん』

 

「僕の本音は人との付き合いが苦手で、感情や気持ちとかは何とも面倒で扱いにくい。

僕は生まれてすぐに施設に預けられ、そのままずっと施設で育った。施設では集団生活もそれなりに上手く出来た、僕なりに感情をコントロールするすべを学んだ。集団生活を生き抜く知恵も身につけた。後で知った事だが、違う施設出身の人から酷い施設もあったと聞き、“まあ、仕方ない”と互いに言い聞かせた。」

『ふう』

「自衛隊の寮生活にも慣れた頃には周囲の様子も理解出来た。縦社会の厳しさも痛いほど学んだ。僕は人の機嫌を損ねるような事は極力避けてきたし、人から嫉まれる事や反感を買うような事もあまりなかったが、中には不器用な奴もいて目をつけられると散々な事になる。周囲から見るとトロイ奴だと思われる者、周囲の空気が読めない奴や、または抜きん出ようとして集団からはじき出される者もいた。まあ、それも性格だから仕方ないと言えば仕方ないのだが。ここでは集団で責任を取る事になるため、一人の隊員が足を引っ張る訳にはいかない。それはそうだ。戦争や災害が起きれば、皆がそれぞれの任務をしっかり果たさなければ大惨事を起こす事にもつながる。だからこそ、お互いを信じ、任務を遂行する。しなければ命を落としかねない。訓練ではそんな人間関係も学んだ。」

『ほう』

「2任期を終えそろそろ潮時、警察官や公務員も考えたが民間企業に就職が決まった。部屋も直ぐに見つかった。ところが初めての一人暮らし、何から何まで自分でしなければ。まあ、それでも出来ない事は何一つないさ、自炊も規則正しい生活も。

 今まで集団生活しか経験のない僕が誰もいない一人暮らし。初めての一般社会との関わり。今までは24時間、集団の中で人の動きを見ながら自分の立ち位置を考える生活だった。

確かに職場でも周囲の観察は出来たし、規則もある。でも何かが違う。社員は皆、競争社会の中にいて、チームプレイと言いつつも自己アピールを上手く出来ないと上司に気に入られない。言葉では相手に合わせているが行動は真逆。自分を皆より前に出し、思考をフル回転させる。ノルマを果たし結果を出す。上司も先輩も僕には上辺だけの人間に見えてしまう。敵陣地の中に僕一人といった状況だ。段々と僕は仮面をかぶるようになった。

仕事を終えて自宅に戻るとホッとしたが僕は一人だ。部屋は暗い、食事も一人。当たり前だ。

僕は自分の気持ちを制御することが出来ると信じていた。しかし、今、改めて思った。今までの僕は施設のサポートがあり、自衛隊では秩序の下にいた、だからこそ気持ちのコントロールが出来ていたんだ。」

『ふむ』

「ある朝、目が覚めたら体が動かなかった。重い、脱力感。何とか携帯電話に手を伸ばし、休みをもらった。そんなことが数回続いた。思い切って受診した。

 そして僕は退職した。あれほど体力に気力に自信があった僕が。

 施設にいる頃、社会に出たら自由に思いっきり人生を楽しもう、もう過去はいらない。僕は一人、ここを出ることが出来たら自分で自分の人生を築こうと思っていた。」

『ああ』

「僕がどうしてこの世に生まれたのか、どうして親は僕を産んだのか、どうして僕を手放したのか、どうして僕はここにいるのか、何も分からない。

 僕は変わろうと思う。僕は前に進むんだ。

 すべてを許したい、そして僕自身も許す。そして生きようと思う。

思いっきり!」

~満天さんのつぶやき~

「生きること、それを選んで君はここにいる。

すべては、君自身が決めて選んだこと。

もう、気づいているよね。」





糸の緩し

満天さんの談話室

空を見上げてごらん、そこにいるのは満天さん。

今日は天からの祝福を受けた幸せな方がいらしたようです。

~ 糸の緩し ~  

「やあ!」

『やあ!』

「今日は、天赦日、最強な日!」

『神様の祝福日! 天上はお祭り、輝かしい!』

「あぁ、目に浮かぶようだな!素晴らしい光景が!」

『君も!さあ、祝福!愛に調和に!富に繁栄!弥栄!』

「僕の祝福を伝えたい。」

『ああ!』

「もう何年も経つ。家の神棚もそのまま祀りっぱなしで、手も合わせる暇もなく、神社に行くことだって遠ざけていた。日常の生活に追われ、心の中では神を求めていた、“これを終えたら手を合わせよう”、“一区切りついたら神社に行こう”と、いつの間にか後回しにしていた。

日に日に疲れが溜まり気持ちと体がバラバラになっていく、そんな生活が何年も続き、僕は自分の気持ちを無視してきた。そのうち、遠い昔のあの頃の虚無感がまた僕を襲いだした。」

『ふん』

「僕はね、幼い頃から悲惨な光景ばかり見てきた。親や親族の醜い争い、暴言暴力。“もう、やめてくれ!” 叫びたい、でも言えない。それが僕さ。親は離婚して、僕は親戚中たらい回し。記憶も飛んでいた、思い出したくない記憶もあるだろうから、僕は僕をそっとしておいた。幼い時の僕はどうやって生き延びようとしていたのだろうか。

 日々が暴力の対象、薄汚れた生活、逃れられなかった。

 ある日、いつかな、従兄に虐待された。

ある晩、従兄が家に来た。何しに来たか、弾みで僕にそうしたのか、それともはじめからそのつもりだったのか。二間の団地さ、しばらくして母が隣の部屋で寝静まり、何が何だか分からなかった、母に気づかれないように声も出せなかった。どうして気づかれないようにしていたんだろう。

泣いた、泣いた、泣いた、声も出さずに思いっきり。今なら!大声で叫ぶさ!やめてくれ!と。母は気づいていたのか、もしくは見て見ぬふりか。

そのうち母の友人の息子が家に遊びに来るようになったさ、何をするために、それは僕を虐待する為に、母がいる時は僕をドライブに誘う、母はどうして僕を行かせたのか、まだ子供の僕が連れ出されることを不自然に思わなかった。母が家にいない時は、我が物顔で、僕を虫けらのように扱った。あの時も誰にも言えず、僕はへらへらしていた。僕の事なんて、どうせ信じてもらえない、分かってもらえない、僕が悪いと言われる。僕の心は破綻していった。僕の体から魂が欠けた。

ある晩、見てしまった。母は隣の部屋で自分の下半身をじっと見ていた、何かしていた。母はその後、隣の部屋にいた僕に、こう言ったんだ。「弟の学校で虱が出た」母は僕に下半身を見せろと言った。僕は無言で家を出た。恐ろしかった。母が!虱!僕のせいにされる、殴られ、蹴られ、罵倒される。もしくは、あの男達から受けた屈辱を母からもされるのではないか。とにかく恐ろしかった。逃げ出したかった。

家を出た後は働いた、がむしゃらに。何でもした、とにかくできる事は、この身体も使ったさ、今まで虐待されて育ったからね。

僕の心は毎日、毎晩、蝕まれていった。僕は生きている限り、母との暮らしに戻りたくなかったし、母の人生を僕に重ねたくない、その思いだけで生き抜いてきた。」

『ふぅ~』

「ある夏、山頂のレストランで働いた。ある日の早朝、オーナーに連れられて、その山の神社に向かった。

 肌に緊張が走り続けた、空気はひんやりとしていた。僕の心はしだいに緊張から空白に、そして静寂の中にいた。

 ご神体を目前として、一滴のしずくが頬を伝ったと感じた途端に涙が溢れ出た。そこは何もない透明の世界だった。匂いもなく、空気のすれ違う音さえなかった。すべてが抜け消えた。

 赦された、全てが、僕の体が緩んだ。」

『許す!』

 

「僕の人生はその夏から大きく変わった、オーナーの配慮で僕はそのホテルで数年働いた。オーナーの口利きで都心のホテルに転職も出来た。全てが整いだした。女性と恋に落ちた。僕の人生で考えられない事だ。十分に幸せを受け取った。

 それと同時に怒涛の忙しさもやってきた。日常の生活に追われ、しだいに僕は神から遠ざかっていた。

 ある日、親族の集まりがあり僕は出かけた。母と再会した。母と会う覚悟はしていた。母は僕が思っていた以上に若くきれいで幸せな人生を送っているようだった。まるで別人だった。

 僕の耳が心臓の鼓動が激しく波打ち、全身が震えている、僕の人生を破壊した人間が目の前にいる。まるで何事もなかったかのように!

 僕は平静を装い、礼儀正しく接した。」

『許す!』

「僕は一人泣いた。あの夏の日のように。

 そして、この山に戻った。

再び、僕の体が緩みだした。」

~満天さんのつぶやき~

『人はね、記憶にないほどの遠い遠い過去から紡がれて来たんだよ。

君の知らない君の過去。

記憶にさえない過去の糸を緩ませ、ほどき、許してごらん。

 その瞬間、全てが赦される。

神が祝福される。』



見栄っ張り

空を見上げてごらん、そこにいるのは満天さん。

お~や、あれに見えるは、、、

~ 見栄っ張り ~

「満天さん、ごめん。」

『ああ』

 

「あの頃は生活が乱れ、言い訳だな、健康管理を怠っていた。なんとなく疲れる、胸がざわざわ、頭はズキズキ、もやもや、夜中に幾度となく目が覚める。そろそろ歳だ、一度ぐらい健康診断を受けてみるか、予約するのも面倒だ、それがやばかった。

そもそも病院ってところは何とも居心地が悪い。待合室は地元の老人達の集会場と化し、近所の噂話が充満している。長い時間待たされて、それこそ健康な人間が”待合室病”になっちまう。

自分が受診!ああ、とんでもない。病院なんて億劫だ。この不精な性格、浅はかな考え、しかし、とうとう受診、“ 血圧高いですね、薬出しておきますよ ” まあ、そんなところかと思い、薬も飲んだり飲まなかったりと、それだけで何となくやり過ごしていた。」

『うむ』

 

「大学時代はバイトやレスリングに明け暮れ充実した生活、楽しすぎて単位を一つ落として1年留年。親父にどうするかと聞かれ、自分でバイトするから一年だけ行かせてくれと言ったら、結局、学費を出してくれた。バイト先で知りえた伝手もあり就活も苦労することなく卒業後はある企業に就職、自立し順風満帆!

 40も迎えようとする頃、特に何かあった訳でもなく、深い意味もなく、あっさりと退職。強いて言えば、 ”そろそろ人生を変えてみよう” などと能天気な浅はかな考え。不思議に両親からも何か問い正されることもなかった。親父から「もったいないな」と言われただけで。

 実家に戻って地元の会社で10年ほど働いた。生まれ育った地元に馴染めず、実家が妙に居心地悪く感じていた。親父が「家に息子が戻ってきた」と近所に話していた。どんな気持ちで話していたかは分からない。何かバツの悪い気持ちが後を絶たず会社に出勤するのも近所の目を盗むようにコソコソと出勤したものだった。」

『ふん』

 

「親父は厳格なサラリーマン、お袋は昔ながらの女で、親父や自分達の世話に明け暮れていた。

 親父は見栄っ張りで外見を気にする人だった。世間体をとても気にしていた。近所に役所の世話を受けている人物がいたが、親父はいつも「毎日プラプラと朝から出かけてパチンコか酒を食らってはふざけた奴だ。」とぼろくそに悪口を言っていた。そんな親父を見ていると自分は転職したことを遠回しに責められている気がしていた。

 地元に戻ってきた時、本当はしばらく仕事もしないでプラプラしたかったが考え直し、すぐに仕事に就いた。自分も親父の子、世間体を気にして見栄っ張りな性格もあるからな。地元の会社に就職が決まった時は、何だか残念に思いつつも、まあ体裁も取れたかとホッとした。」

『ほっほっ!』

「そんな親父も定年退職後の深酒が祟り、入退院を繰り返した。お袋も同じ頃から体調を崩し、あっという間に部屋を四つん這いで這うようになり、会話もチンプンカンプン。お袋と会話が出来ない、その時はお袋に随分と歯がゆい思いをさせたかと思って心苦しくなった。食事や水を飲むことさえも難しくなり介護も大変になった。頑固な親父と出来の悪い息子に対する初めての抵抗かとも思えた。あんなに体裁を気にしていた親父は、最後まで酒を手放せず、お袋が亡くなると恥ずかしい話だが、さらに酷くなった。酒を片手にスーパーに酒を買いに行くやら、小便を漏らしていることも気づかず外を徘徊したり。なんてみっともないんだと怒鳴りつけたい気持ちにもなったが、自分も親父の血を引いているものだ。見栄っ張りで体裁を気にして、親父を責めることもなく、怒鳴ることもなく、良き息子を演じた。」

『ほう!』

「そんな中、異変が起きた。介護疲れか。やばいな、ぐったりだ。仕事も休みがちとなった。しかし、理解のある会社もあるもんだ。介護休暇も使い、社長はなんていい人なんだ!と思うほど良くしてくれた。職場の皆からも“病院行きなよ” と言われた。

 よし!今回はもう少し大きいな病院で検査しよう!地元の脳神経外科を受診した。進歩だ、この不精な自分が!病院なんて!本当に億劫な自分が!

先生の一言、“ああ、脳梗塞ありますね” 。待合室の事をよく覚えていないが、やっぱり病院は面倒臭いな、病名なんかあるものか、もうどうでもいいか。入院も処方箋もなく、次回の予約も取らず帰宅した。

 自分は本当に浅はかだ、見栄っ張りだ。仕事を辞めてよかったのに。病院にこれ以上行くつもりもないくせに、辞めたら病院に行けないじゃないか、保健証はどうするんだ、近所からなんて思われるんだ。

 あぁ、体は正直だ。倒れて病院に運ばれた。

見栄を張らず、面倒臭がらず、素直に生きてこれたなら、ごめんな。」

~満天さんのつぶやき~

「その体、貸しているだけだからね。

いずれは、そこから出ていくの。

取扱説明書、この世に誕生する前に読んだよねぇ~。」


~旧友~

満天さんの談話室

空を見上げてごらん、そこにいるのは満天さん。

~旧友~

「満天さん、聞いて欲しい事がある。」

『やあ、いらっしゃい。

 さあ、掛けて。

「ありがとう、今日、30年ぶりに友人と会う。」

『ほほう! 30年ね‼』

「あいつと俺は、不思議と同じ経験をしてきた。同じ時期に、タイミングを合わせたような経験をしてきたんだ。親や兄弟との決別、結婚、離婚、会社でのトラブルと。

あの当時は若かった若すぎた、何も分からず、ただただ互いに慰め、愚痴や悪口や不満などお互いに吐き出しながら過ごしてきた。お互いが必要としていたんだ。あいつも俺もお互いがいなければ乗り切れなかったかもしれない。」

『そうか。』

「金も無く、身内からは見離され、本当に辛かったな、人に言えない仕事もしたさ、あいつも俺も生きていく糧がそれしかなかった。それしか出来なかった。その選択が最善か最悪か、そんなことを考える余裕も知恵も何もなかった。それでも互いに支えあって生きてきた。

 そんな二人がそれぞれ家庭を持ったり、新しい仕事に就いたり、新しい人間関係が始まったり、段々と自然と、、、二人の間は離れていった。

 それでも二人はお互いを気にしていたさ、少なくともそう思っている。

ああ、あの数年、二人にとっては、、、

それが、今年、連絡がきたんだ。そこから一気に話が進み、会うことになった。」

『ふん、ふん。』

「家の留守電にあいつからのメッセージ、俺は十数年も無視してきた。そのうちメッセージも聞かなくなった。俺はあいつと違って惨めだった。俺は立ち直っていなかったんだ。

 あいつは再婚して、新しい家族との再出発を切った、あいつなりに家庭を築いた。あいつの親は、その再婚を機にあいつを認めた。祝福されたんだ。あいつは成功した。仕事もそれなりにやっている。

 俺も同じようにしたかった。新しい家庭を持ち、幸せになりたかった。でもあいつの幸せと俺の幸せは違っていたのさ。

 昔は同じように感じていたことが、それぞれの方向が違って、自分はみじめな気持ちになっていた、あいつのようになりたい、、、あいつのように生きたいと思っていた。

 記憶の中では、あいつの結婚式が最後に会った日だろう。

俺は、家族とも、兄弟とも疎遠になった。がむしゃらに勉強して、仕事して、それなりに出世して、職場では難なくやっている、、、

でも、俺には友達と呼べるやつもいない、信頼できる人間もいないし、いつでも孤独で、自分が頑張らなければと、自分なら出来ると、自分を奮い立たせて生きてきた。

 だから、あいつの事も無視して、、、何十年もな。

 あいつのように心を通いあえる人づきあいなんか俺にはない、出来なかった、そのすべも分からない。

だからさ、あいつが結婚して幸せそうな言葉を聞くと、年賀状の写真を見ると、どうして俺にはこんな幸せが来ないのかって惨めだった。それでもあいつには幸せでいてもらいたかった。あいつの幸せが俺の支えでもあった。」

『ふん、ふん。』

「満天さん、前にここに来た時に満天さんが俺に言ってくれた言葉、覚えているよ。人は、この地球に生まれ戻ることが決まった時、今世の新しい目的や宇宙との約束事や、たくさんの課題を持って、自分なりに自分が決めたストーリー、人生を決めて来ているんだよな。」

『ああ、そうさ。』

「俺は、この地球に生まれ戻る前の事を忘れてしまった、いや、覚えていたんだが、思い出せない。でも今、これだけは言える。俺は、この時代を選んで、あいつとの関係をやり直そうと、そしてこれからはきっと今まで以上にいい関係になることをストーリーに書いてきたんだ。

きっと、今夜、満天さに会った事も、向こうに帰ると忘れてしまう。忘れてしまう前に、今夜、この話を満天さんに伝えたくて来た。」

『ああ。』

「俺は、あいつに会う前に、あいつに似合う俺になっていたいと思う。あいつは、いつでも俺を忘れずに気にかけてくれていた。その気持ちに “ありがとう” と素直に言える俺になる。

 この途絶えた期間を埋め尽くし、溢れ出るほどにこの気持ちを伝えよう、俺が今まで頑張れたのはお前のお陰だと伝えよう。」

『ふん、ふん。』

「満天さん、また、な。この先のストーリーも聞きたいだろう、また来るよ、ありがとう。」

~満天さんのつぶやき~

『この先のストーリー、、、知ってるよ、、、

君の人生はこれからが本番、君が自分でこの先の生き方を決めて来てるのを、、、

そして、もうここに来なくても充分にやっていけるのも、、、、」


ジンくん

空を見上げてごらん、そこにいるのは満天さん。

さて、さて、夜も深まってきましたよ。

静かに訪問者が扉を開きました。

~ジンくん~

「満天さん!!!」

『やあ!久しぶり!』

「最近さ、ヘルパーの仕事を始めたんだ、、、続きそうもなくて、、、僕はさ、近々、自己破産するんだよ。上手くいかないな。

 あっちの世界ではさ、僕にサポートの人が付いた訳さ、いろんな事が上手くいかなくて、乱れきってさ、一人で生きていくのが難しいって言われてさ、サポートの人が必要なんだって、こんな事あるのかな、僕は一人でも大丈夫なのに、親に知られたら、僕はさ、殺されちゃうよ、、、また、グチグチ始まるさ。」

『そう。』

「そっ、病院の紹介でさ。」

『ふん、ふん、』

「病院に行っている事だって親には知らせていないのに、僕の両親はさ、僕が小さい頃から、塾の経営をしていてさ、そりゃね、勉強、勉強、いい学校に行って、有名大学に行かせて、それはもう異常だったよ、成績が悪いと殴られたり、蹴られたり、それはひどくて、塾に通う子には、めちゃ、優しくしいくせに、自分たちの子どもにはとても厳しかったんだよ。

 今はさ、塾も大手に生徒持っていかれて、経営難さ、父親はさっぱり仕事もしなくてさ、教員の母の収入が家計の支え、、、さ。

 僕には兄がいるんだけど、兄は優秀で、今は地方の公務員、お偉いさんさ。父にも母にも逆らわず、ずっといい子でさ、兄が家にいるし、僕は思い切って家を出た。」

『そうか。』

「ああ、結局、高校も中退さ、自分ではどうすることも出来なかったんだ。僕には居る場所はなかった、親と僕とは何か違う生き物のような気がしてた。

 バイト先で知り合った子と同棲して、そこで家を出た訳さ、それも上手くいかなくて、その子もさあ、、、親と一緒さ、帰りの時間やら、お金の使い方やら、理屈っぽいし、何でも干渉して、僕を支配しようとする。耳元で嫌味を聞かされ、思う通りにならないと、、、それは、もう、、、だからさ、逃げ出したわけさ。」

『はぁ~。』

「それでも、親はさ、僕にあれこれ言ってくるわけさ、これからどうするだとか、父親なんて、クズなくせしてさ、仕事もまともにしないくせに偉そうに言ってくるわけよ。母も生きていくために何かしろとか、勉強しろ、資格でも取れとかさ、僕は僕なりにやってきているのに、まるで僕はゴミか!って感じさ、

 頑張ったてどうすることも出来ない事ってあるだろう、頭と心がバラバラな訳さ、でもさ、親から離れて、僕なりに高校も通信だけど卒業したし、資格も幾つか取ったし、講師の仕事にも就いたけど、続かなかった。親にはまだ話していない。言えないよな、、、言えば、またクズ扱い、僕はゴミさ。」

『君は立派だと思うけどな。』

「ここの世界は幸せだぁ~。いつも僕を満たしてくれる。安心させてくれる。満天さんはさ、いつでも僕を受け入れてくれるよね。僕はそれを望んでいるだけなんだ。」

『君は君さ。』

「親にもたまに会うけど、辛い。いつまで偽りの自分を演じられるのか、他人ならさ、偽りの自分でも付き合っている時間だけ演じていればいいんだよ。辛くなったり、もうだめだと思えば逃げることも出来る。時にはさ、付き合いについても考えた事もあった、でも関係が深くなれば、自分を出す事も、干渉しあう事もあるだろ、僕はまだそれが出来る準備が整ってないわけさ、だからさ、自分から身を引いてしまう、な、、、

 親はさ、どうしてか、なかなか踏ん切りがつかない。

あっちの世界で僕についたサポートの人がどんな人かって、それはさ、話も聞いてくれるし、まあ、いい人さ、、、でも、これから、、、だろう。」

『これから、ね。』

「満天さん、また来てもいいかな、ここの世界に来ると気持ちがいい。」

『いつでも来ていいさ、ここは君の故郷だろ。』

「ああ、僕はね、もう少し出来るような気がするんだ。満天さんは上の世界から僕をいつも見てくれているよね。僕のいいところもダメなところも、黙って見ていてくれるだろ。満天さんの世界で満たされる事で僕は向こうで生きていける。

 僕の耳のピアスの穴、大きくて向こうが丸見えだろ、僕は鏡を見るたび、いつも感じている。この穴を通して。鏡に映る耳の穴の向こうにいつも満天さんが勇気や愛をくれているって。

 満天さんに会いに来ることが出来るようになって良かったな。これからはね、あっちの世界の人達の言葉も、、、、このピアスの穴を通して、満天さんに届くように聞こえるように、もっとよく聞くようにするよ。

 だからさ、僕を見ていて、僕の話を聞いていて、僕にはそれが必要で、それが生きていく力になるから。」

『君はもう大丈夫だ。』

「ああ、分かってる。じゃあ、行ってきます。さようなら。」

~満天さんのつぶやき~

『耳のピアスの穴、なくてもね、聞いているし、見てるけどね、、、

 そろそろ、それに気づきそうだな、、、』


~職場のお隣さん~

満天さんの談話室

空を見上げてごらん、そこにいるのは満天さん。

今夜も誰か、満天さんに会いに来ましたよ。

~職場のお隣さん~

「満天さん、こんにちは」

『やあ、やあ。』

「私の部所は二人しか人を配属してもらえない事、知っているかしら。それも二人とも社員じゃないのよね。二人とも非常勤、パートよ。力関係のバランスもなくて、私の方が会社では後輩だけど、この部所の配属年数は私の方が長いのよ。

 この部所に配属になって、もう何年たつかしら、今回で何人目かしら、私と組む人、、、それもね、もう定年近い方ばかり来るんだけど、、、

 その方達は、確かに今まではキャリアもあってそれは頑張ってきたと思うけど、それも認めているけど、ここではどちらかといえば私たちのキャリアは関係ないのよね。

 いつも自慢話や過去の栄光の話や、人の批判も多くて、段々と聞いているのも嫌になるし、相手をするのも嫌気がさしてくるのよね。

 二人だけだから、何を言っても、、、聞いているのは私だけだからね。」

『ふん、ふん、』

「仕事もしているようで、内容を見ているとあまりしていなかったり、結局、私が報告書を作成したり、集計取ったり、、、」

『ふん、ふん、』

「仕事だからやりますよ。それにやらないと他の部所にも先々迷惑をかける事分かっているから。負担が多すぎて、、、その人の分までやる羽目になるから、説明して、してもらった事もあったんだけど、、、結局、間違いだらけで私の仕事が増えてしまって、、、

私の気持ち、分かってくれるかな。愚痴りたくもなるし、嫌味の一つも言いたくなる。」

『ふん、ふん、』

「つい言ってしまうの、毎回、そんな人しか来ない。だからついつい言ってしまう。その人の事を愚痴ってしまう。私の愚痴を聞いた人はね、やっぱりそれを誰かに言うでしょ。結局、それで自分が後悔して辛くなる。反撃は食らうし、上からは、“君の対応がキツいと苦情が出ているよ、幹部会でも君の対応が問題になっているよ”と言われたの。

 職場は二人だけだから、歳下の私から間違いを言われてしまうとプライドが許さないのよね、分かるけど、あることない事まで言われて、、、だったら仕事してよって言いたい。もう辛くて、、、悲しくて、、、悔し~い、、、

 今まで机を並べてきた人と二度と話もしたくないし、会いたくないし、会社も辞めたい。

 愚痴ってしまった事、後悔しているの、その人たち好きじゃない、そんな人の為に愚痴を吐いた私の心が悲しいの。」

『う~む。』

「満天さん、こんな話、たくさんあるよね。きっと地上ではこんな事ばかりで、ここに戻ってくる人はもっと辛い人ばかりかな、」

『そうとも限らん、、、』

「満天さんに会うと何だか心が落ち着く。私はね、こんな感じに考えようかなって思うんだけど、聞いてくれる?」

『何だい?』

「私と今まで机を並べて仕事してきた人はね、私の部所に来て辛いんじゃないかなって、上から見離されたと思ってないかなって、今までのキャリアを一気に無くした気持ちなんじゃなかな、って、だから、この部所でもう一度、認めさせようとか、やるせない気持ちをどうゆう風に吐き出していいのか分からないんだよね。そう思うと悲しい人達だよね、、、

でもさ、その事って私が原因ではないよね。だって、私が配属を決めた訳ではないし、その人達の思いと私とは関係ないもの。だから、その人達の事を気にしなくてもいいんだって思おうと考えたの。何なら気にもならないぐらいの気持ちでいてもいいかなって、、、

それにね、私だけど、その人達の言葉や態度で自分の心が乱れていたなんて、なんだか、恥ずかしくなって、私は私の仕事をして、私の生き方と向き合っていく方が私は充実して仕事も人生も送れるんじゃないかしら。

私はいつも自分に素直で今の幸せを感じながら生活したいな。仕事があるから、お給料ももらえるし、友達と食事して、家族と旅行にも行ける!

それに一番喜んでもらいたいのは、満天さんに笑顔であって幸せな私を見てもらいたい、それが本当の私の姿!!!」

『そろそろ向こうは一日が始まるよ』

「さようなら、満天さん」

~満天さんのつぶやき~

『人生の充実、幸せ、もっとたくさんやって来るのよね。今の幸せに気付くとね。』